NEETかな
切込隊長ブログでニートに関する興味深い議論が行われています。コメントの数が半端じゃありません。しかしそれとは全然違うベクトルの話で。

今はどうだか知りませんが、エロゲー(に限らないが。いわゆる恋愛ゲーム)の主人公にありがちな設定で
「両親が長期旅行中で一人暮らし」
に負けないくらいよく見かけたものに

「本気になったら(勉強だってスポーツだって、ついでに恋愛も仕事も)何でもできる素質はあるのに、
その気がないので今はくすぶってぶらぶらしてる」


というのがある。
最初はロクでもない主人公に、GF(幼なじみとか)が「本当は、○○君はやれば何だってできるのに…」などと言ってたしなめたり慰めたりするのね。
これがすごい気になっていた。

プレイヤーの「自分も本当はスゴイ人間であってほしい幻想」をお手軽に映した設定で、それ自体はゲームとしてよくできていると思う。
しかし、それを自分自身にもあてはめる奴がいる。

ゲームだったら「やってみたら本当に何でもできた」展開になったりするけれど、
実際にはそんな奴はほとんどいない。
でもゲームの論理を応用して、できなかった時に
「今はその気になってないだけなのさ、本当の俺は…」という言い訳に利用される。
たださすがにそれを人に言うのはとても恥ずかしいことくらいは分かっているので、こっそり自分に言い聞かせている。

「本当の俺」なんて幻に過ぎなくて「そこそこダメな俺」がいるばかりなのだが、
それを認めない。いや認められない。
だが。ついに認めた時、「やる気のない俺」は肯定される。開き直り。もしくは諦め。
「別にそれでいいじゃない。やる気ありませんが何か?」

それでいいのだろうか。

周りにそういう人が居たので、ちょっと考えさせられた。ニートとはちょっと違うかも知れないけれど。
「憂鬱な昨日に猫キック 不安な明日に猫パンチ」さんのこの意見に少し同感かなあ。「そういう人」もそうだった感じだ。

「やればできる」というメッセージは悪いことじゃない。「できないんじゃなくてやらないだけ」が問題であって。
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by gyogyo-6 | 2004-12-23 02:20 | よのなか


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